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トにて、例の鉄扇《てっせん》を持ち……」「鉄扇だけは離さなかったと見えるね」「うん死んだら棺の中へ鉄扇だけは入れてやろうと思っているよ」「それでも帽子も洋服も、うまい具合に着られて善かった」「ところが大間違さ。僕も無事に行ってありがたいと思ってると、しばらくして国から小包が届いたから、何か礼でもくれた事と思って開けて見たら例の山高帽子さ、手紙が添えてあってね、せっかく御求め被下候《くだされそうら》えども少々大きく候間《そろあいだ》、帽子屋へ御遣《おつか》わしの上、御縮め被下度候《くだされたくそろ》。縮め賃は小為替《こがわせ》にて此方《こなた》より御送《おんおくり》可申上候《もうしあぐべきそろ》とあるのさ」「なるほど迂濶《うかつ》だな」と主人は己《おの》れより迂濶なものの天下にある事を発見して大《おおい》に満足の体《てい》に見える。やがて「それから、どうした」と聞く。「どうするったって仕方がないから僕が頂戴して被《かぶ》っていらあ」「あの帽子かあ」と主人がにやにや笑う。「その方《かた》が男爵でいらっしゃるんですか」と細君が不思議そうに尋ねる。「誰がです」「その鉄扇の伯父さまが」「なあに漢学者でさあ、若い時|聖堂《せいどう》で朱子学《しゅしがく》か、何かにこり固まったものだから、電気灯の下で恭《うやうや》しくちょん髷《まげ》を頂いているんです。仕方がありません」とやたらに顋《あご》を撫《な》で廻す。「それでも君は、さっきの女に牧山男爵と云ったようだぜ」「そうおっしゃいましたよ、私も茶の間で聞いておりました」と細君もこれだけは主人の意見に同意する。「そうでしたかなアハハハハハ」と迷亭は訳《わけ》もなく笑う。「そりゃ嘘《うそ》ですよ。僕に男爵の伯父がありゃ、今頃は局長くらいになっていまさあ」と平気なものである。「何だか変だと思った」と主人は嬉しそうな、心配そうな顔付をする。「あらまあ、よく真面目であんな嘘が付けますねえ。あなたもよっぽど法螺《ほら》が御上手でいらっしゃる事」と細君は非常に感心する。「僕より、あの女の方が上《う》わ手《て》でさあ」「あなただって御負けなさる気遣《きづか》いはありません」「しかし奥さん、僕の法螺は単なる法螺ですよ。あの女のは、みんな魂胆があって、曰《いわ》く付きの嘘ですぜ。たちが悪いです。猿智慧《さるぢえ》から割り出した術数と、天来の滑稽趣味と混同されちゃ、コメディ
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