神とは誰であろうか?
神は、霊、力、流れる生命である。神は、私たちに浸透してゆく光である。神は、霊的な形、すなわち永遠の父という形をとった。神は一つの霊的存在である。私たちが純粋な「神による存在」の中で霊的存在であるのと同じように。神はしかし、自らの輝きの中において凌駕されることはない。つまり、神は流れるエネルギーなのである。それに対して、永遠の父は一つの存在である。私たちが神聖な「神による存在」の中で神聖な存在であるのと同じように。
私たちが再びあらゆる宇宙の光をくまなく浴びた時に初めて、私たちは海なる神の中の一滴として生きることになり、私たちの父なる神と再び一つになり、神の似姿になるのである。
ガブリエレ
はじめに
私、すなわち永遠の法則、神キリストはあなたに、「私はある」という、永遠の「神による存在」を説明する。あなたもまた私の中では「神による存在」である。
私が何度も繰り返す真理、そして三つの親子的性質(忍耐、愛、憐み)から説明するものは、あなたのためのものである。あなたが私、神キリストをあなたの中に見出せるように。
私は「神による存在」、つまり私とあなたを様々な角度から解き明かす。あなたが私について、そしてあなたについてはっきり知ることができるように。そして、繰り返しの中で自分を見つけることで、あらゆる繰り返しの中にある私をも見つけられるように。私はあらゆる繰り返しの中で真理である。それはあなたのために単に別の言い方で話され、別の方向から解き明かされているにすぎない。
私はアルファとオメガ。物質世界と魂の国の開始と終焉 である。
あなたがたは、私の中で、私とともに永遠の生命に成熟する。そこでは、私が父の中にあり、あなたがたも私とともに父の中にいる。そこには始まりも終わりもない。何故なら神が存在し、私たちが神の中にいるから。私、すなわち神キリストが、すべてを真理の光に向かって高めてゆく。
私は生命、神の息子キリストである。私、すなわち生命の霊、キリストを自らの中によみがえらせる人は、自分の永遠の生命である霊的な遺産を再び見出したことになる。すると、その存在は永遠の父、神のもとに戻る。それは神から生まれたものなのだから。
あらゆる人が私の中でよみがえろう。敗れたと思っている人をすべて私は見つけ出そう。弱っている人は私の中で強くなる。私は父の中の栄光であるから。
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